蛙声

9月30日

間接照明の灯りが、部屋の向こう側を照らしている。
私は布団に寝転び、エアコンの音を耳に染み込ませている。

9月27日

立ち上る煙を見つめていた。
火葬場、タバコ、ゴミ処理場。
山鳩の鳴き声と朝のニュース。
列車は大幅に遅延している。
肌を撫でる空気で夏の終わりに気づく。
私はまた歳をとり、英単語を一つ忘れる。

9月25日

ーー通退勤の電車の中で読もうと、本をカバンに忍ばせる。
本が擦れて傷んではいけないと、ブックカバーまで買って。ーー
朝起きる。
眠い目を擦り、顔を洗う。
炊飯器に残っている白米と納豆を食べる。
小さい人が目を覚まし、大きい人はフラフラしながら後を追う。
私は大した力になれないことを詫びながら家を出る。
駅まで10分。
ホームの列に並ぶ。
携帯を見る。
電車に乗り、降りる。
会社に着く。
仕事が終わる。
朝の逆を辿る。
本は読まれない。
カバンの中で、本は息を鎮めてただ眠っている。

9月22日

小さい人が寝返りをうつ。
私の顔に柔らかい腕が乗せられる。
少し顔を傾け、温かいお腹に頬ずりをする。
乳児独特の香りがする。
そのままの姿勢で匂いを嗅ぐ。
小さい人が生まれて1年になるがこの匂いは変わらない。
陽だまりに似ている。
本当にそう思う。
そうして胸を優しい気体と思い出で満たす。
すると窓の外、遠くの方からパトカーのサイレンがきこえる。
サイレンの音量は多少増減するものの、夜の静けさを打ち破るには至らなかった。
小さい人が寝返りをうつ。
私とは反対の方へ。
サイレンはもう聞こえず、ただ夜更かしをする私が残った。

9月21日

久しぶりの人と会う。
会う前は、昔のように喋れるだろうかと不安に思う。
実際に顔を合わせると、言葉は勝手に出てくるものだ。
会わない間のことやこれからのことを、お互いにつらつらと話す。
息子も紹介できた。
それでは、と別れる。
誰に対しても、別れを切り出すタイミングがうまくいってないような気がしてもどかしい。
帰路、車を運転しながら会話を反芻する。
あの時言い淀んでしまった、ああ言えばよかったと。
昔からの習慣だ。
相手は多分気にしてないのはわかっているが。
気づけば車間が詰まっている。
アクセルを緩め、前方車両との距離を調整する。
ルームミラーをみる。
息子は後部座席で静かに眠っている。

9月20日

お弁当を食べる。
冷凍食品の唐揚げとご飯を詰めただけのシンプルなお弁当。
朝の慌ただしいわずかな時間で完成する。
冷凍食品特有の、はっきりとした味付けでご飯が進む。
食べた後は昼寝をする。
少し前までは昼寝が苦手だった。
目を閉じて、じっとしていることが時間の浪費のように思えたから。
今では目を閉じるとすぐに寝てしまう。
一瞬の暗闇の後、チャイムがなる。
昼休みは終わり午後の労働が始まる。

9月19日

例えば地球の裏側、名前も知らない山中に一つのピアノが打ち捨てられていたとして。
そのピアノの音色と俺に何の関係があるのかと思うことがある。

9月18日

仕事で嫌なことがあり、イラつきながら電車に乗る。
窓に映る街の明かりは高速で後ろに流れていく。
このイライラもともに流れてしまえ、と月並みなことを思う。
マンションの灯り一つ一つに一つの生活があり、それら一つ一つに無数の感情がある。
流れていくそれらはどこに行き着くのか。
流れ着いたものたちは何を思うのか。
それを見るおれは俺はどこに行き着くのか。

9月16日

小さい人と一日中二人で過ごす。
ご飯のタイミングが悪く、朝も昼も完食できなかった。
小さい人は昼寝をする。
胸に抱き、揺れていると最初は不愉快そうに暴れるが、そのうちすやすやと眠ってしまう。
小さくて、温かい人。
そのうち目を覚ます人。
私はエアコンの風向きを気にしながら、微かな寝息に耳をすませている。

9月15日

資格の勉強をする。
いつのまにかペンで文字を書くことが非日常になっていたようだ。
字を書くことが億劫で計算を途中で諦めてしまう。
めげずに勉強を続ける。
脳の奥底に失われた機能が徐々に目を覚ます。
3時間ほど続け、ジムに行き軽く運動をする。
家に帰り皿を洗う。
風呂の掃除をする。
夕飯の献立を考える。

9月14日

小さい人が寝返りを打つ。
拙い暖かさが肌に触れる。
伸びた爪がカリカリと肌を掻く。
もどかしく、笑ってしまう。
エアコンの音と寝息が混ざり合い、寝室の空気を満たしている。
半月は後ろ向きで見ないふりをしている。
太陽は地平線深くで遠い朝の準備をしている。

9月12日

最寄りの一つ前の駅で降りる。
陸橋をわたり、家の方角へと歩き出す。
ドッグカフェの中では、女性店員が暇そうにカウンターに肘をついている。
居酒屋の窓越しに見える老夫婦は、カウンターに肘をつきながらテレビを見つめている。
テレビの中では人気の芸人が音もなく笑っている。
背中にリュックの重さを感じ、汗がじっとりと滲む。
携帯がポケットの中で震え、LINEの通知が2.3件届いている。
携帯を覗き込む顔が青白く夜に浮かぶ。
ときおり追い抜いていく車のテールランプが、赤い光を差し込んでいく。

9月11日

小さな黄色い花があった。
思わず摘んで、懐にしまった。
すれ違う人たちと目を逸らしながら歩いた。
今にも後ろから腕を掴まれそうな気がした。
花はいい匂いがした。
それだけで俺は十分だった。
どれほど歩いたかわからない。
けれど日はずっと暮れなかった。
後ろから誰かに呼ばれた気がした。
俺はただ歩いた。

9月10日

小さい人が怒っている。
寝かされまいと、現に踏ん張ろうともがいている。
振り回す手のひらに頬を打たれ、叫び声は鼓膜に突き刺さる。
私は苛立ちと喜びをちょうど半分ずつ感じながら、
両の手に抱いた暖かさをただ感じている。

9月9日

コンビニに車を停める。
昼食を探す。
食べたいものもなく、10分ほど棚の隙間をうろつく。
安いカップ麺とフライドチキン、それとゼロカロリーコーラ。
車に戻り、クーラーを全開にする。
カップ麺付属の小袋を少しこぼす。
車内に油の匂いが充満する。
クーラーはまだ効かない。
首筋に一筋の汗が流れる。

9月8日

大きい人と小さい人が帰ってくる。
小さい人は絵本を齧っている。
大きい人はその横でうつらうつらとしている。
私はそれをみている。
スーパーで買うべきものを考えている。

9月7日

大阪から家に帰る。
551でおみやげを買う。
珍しく行列がなく、少し拍子抜けした。
時間を持て余し、売店でハイボールを買う。
ホームの熱気で結露した缶とともに、10分後の電車を待つ。
席に座ると、急ぎ缶を開けた。
ぬるさが口に広がり、からだは高速で移動を始める。